背景画像はスクロールして山々の説明をご覧いただけます。

宮崎軽便(けいべん)鉄道

 線路の間の幅が狭く、機関車・車両も小型の小規模の鉄道を軽便鉄道と言います。民間の宮崎軽便鉄道株式会社が、明治44年(1911)に岩切与平氏等によって資本金50万円で設立され、南宮崎から青島・白浜を通り終点の内海までの20kmが、大正2年(1913)に開通しました。

 ドイツのアーサーコッペル社製の8.5トン回転蒸気機関車の長い煙突と、「ピーシーシーポッポ」というかわいい汽笛が県民に親しまれ、1950年からは、蓄電池動力による旅客車を蓄電池機関車と一緒に走らせる日本で唯一のユニークな取り組みが行われました。

 当時、関西からの商船の発着でにぎわっていた内海港と宮崎を結び、人と貨物を運び通勤通学にも利用され50年間走り続けましたが、昭和37年(1962)に全線が廃止され、南宮崎~青島間の跡地の大半が国鉄日南線建設に利用されました。

 なお、本郷駅は、昭和12年7月(1942)4月から翌年の8月まで臨時駅として開設されました。

 

《沿革》

大正  2(1913) 10月 宮崎軽便鉄道開業

大正  9(1920)   9月 宮崎鉄道に社名変更

昭和18(1943)  8月 宮崎交通に合併

昭和37(1962)  7月 宮崎交通 鉄道線廃止

昭和38(1963) 5月 国鉄日南線開通

開業当時の宮崎軽便鉄道(株)

〈写真提供:宮崎交通〉

蒸気機関車(1940年代頃)〈写真提供:宮崎交通〉

日南海岸を走る〈写真提供:宮崎交通〉

宮崎軽便鉄道の蒸気機関車は、現在、原町の

児童交通遊園に展示されている

背景画像はスクロールして山々の説明をご覧いただけます。